過去のMonologue

2005年

 


(2006.1.1-4.17)

 夜、満月が羊蹄山の上にほの白い光を発して浮かんでいました。 その美しい光景はたとえようがなく、神秘的で幻想的でした。 その少し前、夕映えの色彩の中でニセコアンヌプリが静寂の中にたたずんでいました。 ナイタースキーがクローズして元の穏やかさにもどりつつあるスキー場は、でも、雪はみごとにたっぷりあるので、まだまだ堪能できます。 お隣のプロボーダーのお姉さんは先日「羊蹄山の上から滑ってきた」と、日焼けした笑顔で話していました。 それはそれはエキサイトしたことでしょう。
                        
道路以外はまだ2〜3メートルの積雪ですが、路肩の土からもえぎ色のふきのとうが顔を出しはじめました。 いよいよ早春ですね。 朝の散歩は楽しいです。 セキレイが私の歩くあとさきへとついてきます。
                        
このごろ読んだ本は、物理学者インフェルト著書”アインシュタインの世界”と、アインシュタイン&インフェルトの共同著”物理学はいかに創られたか”上・下です。 町内に一軒あるリサイクル本屋で見つけました。 これが二冊ともすばらしく良い本でした。 物理とか数学とか聞いただけで首を横に振りたい私が、深く感銘したのですから不思議です。 理路整然とした品格ある文章、天才アインシュタインと、インフェルトの思考の深さ、すばらしさ。 これらの本に出会えて幸せでした。 しかも数百円で。 読む価値あり!です。

 『人間の価値というものの源はなにかといえば、それは主として、思いやりであるといえよう。 われわれの隣人たちにたいする思いやり、すなわち不幸や悲惨な状態にたいする共感ーこれが、人間的な価値の根源であり、この根源が思いやりという形をとって具体的にあらわれてくるのである。 しかし、人間の価値には、もう一つのまったく別な源がある。 それはすなわち、孤独な、くもりのない思惟からでてきた義務観念である。 くもりのない思惟は、人間を善に、そして不屈にする。 なぜならば義務観念と、くもりのない思惟とによって、その人間の人生はより簡素に、より充実したものに、より豊かなものになるからである。人生がそのようになるときわれわれをとりまく世界の不幸は少なくなり、われわれと環境とのあいだの摩擦は緩和され、人間の幸福は増大し、われわれの心の平和が強化される。 いま述べた点についてもアインシュタインは、他に類例のない存在だということができる。』 (”アインシュタインの世界”より抜粋)

カフェ・レストランモーツァルトはこれから少し忙しくなります。 私の心と体の回復がいまいちなのと、一人でお店をやっているので、無理をしないで続けていこうと思っています。 さしあたり・まずは・一応・とりあえずは、たくさん書きたいことがありますが、ここで一度ピリオドをうつことにしました。 思うことを書くのは楽しいひとときではありますが、いつかまた、モノローグの続きを書き始めた時には読んでください。 

いままで読んでくださってどうもありがとう。 私のシャングリラー、ニセコアンヌプリのふもとより。 サラ・ブライトマンの歌声を聴きながら。

 (2006.4.17)


 うすい雲間から射す柔らかい陽ざしの中で、降ったばかりの粉雪が風に舞い上がると、陽に照らされてキラキラと輝いて、まるで光の花吹雪のようです。 この柔らかな明るさが春にちかづいているのを感じます。
                               
人口約16000人の倶知安町に位置するスキー場グラン・ヒラフは今年は昨年の倍近くオーストラリア、その他の外国人がスキーを楽しみに来ました。 世界一の雪質だと喜んでいるのが印象的です。 またここに家を求める人も多くなりました。 夜のスキー場のメインストリートは賑わい、飲食店は人でいっぱいです。 近年このスキー場あたりはあちこちに水商売系がとても多くなりました。 カフェ・レストランモーツァルトはスキー場から離れているため、また18:00でクローズし、アルコールも無しなので、静かです。 このあたりは、私の好きな、相変わらずのゆったりした穏やかなニセコがあって満足しています。 きつつきが木に穴をあけている忙しい音がひんぱんに聞こえはじめました。
                               
しばらくぶりで、ドボルザークのシンフォニーbV,8,9,を聴きました。 心が充実しました。

 (2006.3.17)


 8年前にポール・メイエの”プレイズ・シューマン”のCDを買いました。 
第1級のクラリネット奏者と言われていたポール・メイエのシューマンは、しなやかで幻想的で、豊富な音色を加味させた、なんとも魅力的なシューマンを歌っていて大好きなCDの一枚です。 クラリネットには、フランス式とドイツ式とがあるそうで、フランス人奏者がドイツ音楽を演奏するのは向いていないという先入観があったとのことです。 当時この一枚のCDを聴いてから、ポール・メイエが好きになりました。 品格ある端正な甘いマスクが大いにプラスさせてはいますが。 彼は現在パリ・オペラ座、リヨン歌劇場の首席、また指揮者としても活躍しています。 昨年の秋に来日したレ・ヴァン・フランセ 木管アンサンブルの演奏を聴いてさらにファンになりました。 ちなみに、フルートのエマニュエル・パユはベルリンフィル首席、オーボエのフランソワ・ルルーはバイエルン放送響首席を経てソリスト、ホルンのラド・ヴァン・ヴラトコヴィチはベルリンドイツ首席、バスーンのジルベール・オダンはパリ・オペラ座首席です。そして、ピアニストのエリック・ル・サージュは”プレイズシューマン”でもピアノを弾いています。 もし、機会があればポール・メイエの天才クラリネットを聴いてみてください。
                   
感動を与えてくれたトリノオリンピックが終わりました。 そして、パラリンピックが始まります。 テレビを見ることのない私ですが、楽しませていただき、感動の日々でした。 目標にチャレンジすることの尊さを示してくれました。 つくづく人間の身体ってすばらしいなと思いました。

 (2006.2.27)


 読んだ本の紹介です。
            
『人は、はるか銀河を越えて』講談社 坂本政道
            
モンロー研究所オフィシャル・スポークスマン
アクアヴィジョン・アカデミー代表
東京大学理学部卒・カナダトロント大学電子工学修士課程修了
ソニー(株)で半導体素子開発
米国カルフォルニア州SDL社で半導体レーザー開発
その後、アクアヴィジョン・アカデミー社設立
            
「死んだらどうなるのだろう」「死とは何なのだろう」 こういう疑問を人は必ず心の奥で思うのではないでしょうか。 「そんなこと考えてもしかたない」とか「今が良ければいいでしょう」とか「あまり考えたことはない」とか、答えは様々でしょうが。 私はいつも心の奥で「本当のところはどうなのだろう」「真実が知りたい」と思い続けてきました。 それは、死ななければわからないの?ーーーその度にジレンマを感じるのでした。
            
  感情の激しい落胆を経験したとき、自分の進むべきヴィジョンを見失い、虚脱感の中で飛べない鳥のように疲れはてていました。 「私はどこへ行こうとしているのだろうか、教えてください」と、祈り続けました。
            
  それから、不思議なことに、私の手元に、私が思うに本物の中のきわめつけの本物、といえる本が次々と引き寄せられてきました。 ごくあたりまえの日常生活の奥に、まるでSF映画のストーリーのような、息をのむ壮大な宇宙の真実がかくされていることを知り、目がくらんで呆然としてしまいました。
            
  心の探索をはじめてから自分自身を癒すことができ、気高いヴィジョンに向かって歩みたいと願いはじめました。 私たちは常に不安をいだいています。 生活の不安、健康の不安。 膨大な情報は、不安を更に増大させています。 紹介するこの本は、私たちは永遠であるという真実を更に具体化させて示そうとしています。 私たちの多くは「真実」を生きていませんし、「本当の真実」を知らないのです。 知ろうとしないのかもしれません。 この「真実」は宗教ではありません。
            
  私たちは、たまたま生まれてきたのではありませんし、私たちそのものが豊かさなのです。 もしあなたが、ご自分の人生を「しかたないなー」という思いで見つめているとしたら、どうぞ、この本を読んでみてください。 そして、意識への旅をスタートさせてみてください。 やがて、穏やかさと崇高な喜びにたどりつくでしょう。 そして、ご自分をいとおしく感じられることでしょう。
            
  私はこの意識の旅を一人で探索してきました。 この探索を誰かと一緒に共有できれば、この旅はもっと愉しく豊かなものになるでしょう。

 (2006.2.10)


  モーツァルトがフリーメーソンの会員であったことはよく知られています。 阿部謹也 著”中世の窓から”(朝日選書)を読むと、モーツァルトが生きていた時代のヨーロッパの、人と人との関係、人と物との関係が理解でき、その歴史と文化のなかで私達が愛してやまない音楽が誕生したことを思うと、あらためて興味をもちます。 中世での職人組織のなかでも、とりわけフリーメーソン(自由な身の石工)は全体意識が高く進歩していたようです。
             
城や大聖堂などの大きな建築物を建てるときには、ヨーロッパ中の石工を要請するため石工たちは各国を長期に旅し、意識の視野を広げることができました。 その技術は古くエジプトの伝来だそうです。 (魔笛の舞台がエジプトですね)兄弟愛、ヒューマニズムを基としたフリーメーソンには、石工以外の進歩的な人たちも入会し、精神性においてきわだった特徴を創りだしました。 現在もその兄弟団(?)は存在しているようです。
             
モーツァルトの『フリーメーソンのための音楽・全曲』のCDは好きで時々聴いています。 その解説のなかには、「モーツァルトの真の傑作の森に数えられるべき作品は、ほとんどがメーソン加入以降のものであるということである。ーーーメーソン加入がモーツァルトの芸術の真の深化になんらかの関係があると認めざるを得ないのであろう」と、あります。 受容と寛容の精神を内包するフリーメーソンを、当時のキリスト教は否定し弾劾していました。
   

■■■■ フリーメーソンのための歌曲(K468)
今や理解の新しい段階に進もうとする君たちは、
知恵に至る道と信じて、
迷わずに君の道を行きたまえ、
なしとげた者だけが、
光の泉に近づくものと知れ。


お店でも夕刻に自宅にもどった後もモーツァルトづくめの中にいます。(^-^)

 (2006.2.4)


 *******親愛なる天才モーツァルトへ****
            
  この世にあなたが誕生したことを、とても、とても、感謝します。
            
  数多ある音楽を巡りながら、いつも帰りつくのは優しさと至福につつまれるあなたの音楽です。 一度も学校に行かずに少年時代を旅で過ごしたあなたの手紙集を読むと、時に涙があふれて、私にさえわかります。 愛すべき性格、豊かな感情、心の機微にふれる繊細な気付き、ふくよかな感覚、---それらを永劫の旋律で表現した珠玉の音楽に魂が引きつけられる、ということを。
            
  1756年1月27日あなたが誕生しました。250年目の今日をお祝いして、モーツァルト三昧しましょう。 私が選んだ曲は、(K425)シンフォニーNo36、(K317)戴冠式ミサ曲、(K581)クラリネット五重奏曲、(K515・516)弦楽五重奏曲、(K488)ピアノコンチェルトNo23、です。
            
そして、今日を記念して、以下の文を載せましょう。
            
Seth Speaks*********Jane Roberts

 セスは語ります・・・
まことの霊性は、嬉しく地上にて見出すことのできるもので、まやかしの大人ぶった威厳とはまったく関係のないところにあります。
冗長的言葉の羅列や、悲嘆に暮れた表情とも無関係です。まことの霊性とはあなたがたのなかでの意識の躍動であり、心のなかの超越的冒険感覚と関わりをもつものなのです。
まことの霊性は、宇宙を、そしてあなたの人格全体を鳴り響きわたらせて歌います。それは創造のすべてを可能せしめることへの喜びを意味しているのです。
あなたがたの体系のなかでは四季は巡りゆくものです。
あなたが自分を聖者であると思おうが、罪人であると思おうが、陽光はあなたの顔に降り注ぎます。宇宙の生命力は、創造性、歓喜、そして愛です。 それこそが霊性なのです。

 (2006.1.27)


 除雪でできた大きな雪の山に、すっぽり隠れてしまったモーツァルト。 裏の屋根は窓から出入りして除雪しています。 玄関前のドイツトウヒの枝は大雪でうなだれています。 「場所がわからなくなった」「通り過ぎてしまった」「入り口で車がうまってしまった」・・・それでも執念で店内に入ってきてくださるお客さま、嬉しいです。 「これじゃ全然見えないよ」「看板立てたら?」・・・と、いろいろご心配くださりありがとうございます。
           
  長年の酷使で、私の10本の指は軍手のようになってしまいました。 突き指のように関節は太く、時々痛みますがよく働いてくれました。 この2本の手に心から感謝しています。 この手でいろいろな楽器を楽しみ、子供達を抱きしめ、動物を抱きしめ、愛する人を抱きしめ、お料理を作り、そうして、ほんとうに沢山のことをしてきました。 ふつふつと溢れ出る豊かな感情と共に私の人生を彩って創り続けてきたこの手を、このうえなくいとおしく思います。 白くて細い手に色鮮やかにアートした長い爪、過重な物をけして持たないような華奢なその手を羨ましくは思わない。
           
  確実に木の芽はふくらみ、やがて躍動する美しい季節が訪れますから、もう暫くは息をきらせて除雪する楽しさを味わい、時々はスキーを楽しみ、お客さまの心地よい空間を用意して、愉しく冬を享受しましょう。
           
  クリスマスはとうに過ぎたのに、ラヴソング”プレミアムクリスマス”を聴きながら冬景色を眺めています。

 (2006.1.19)


 明けましておめでとうございます。
皆様の心が平和と喜びに満たされる年でありますように。
           
  カフェ・レストランモーツァルトがオープンして一年が過ぎました。 試行錯誤をくり返しながらの一年でしたが、沢山の方のご援助にささえられて楽しく仕事をさせていただきました。 また、その後の私を気づかって全国から訪ねてくださった既知のお客さまに心からの感謝を申し上げます。 ひさしぶりの再会は本当にうれしかったです。 きっといつまでも忘れません。
           
  今年はモーツァルト生誕250年にあたります。 没後200年祭の年には世界中でさまざまな行事がありましたが、今年もたぶんモーツァルトの音楽で盛り上がることでしょう。
           
  今年も新たな気持でスタートしたいと思っていますので、どうぞお店に足を運んで下さってゆっくり過ごしていただければ嬉しく思います。

今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。 元旦

 (2006.1.1)


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